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ギランバレー症候群闘病記録

ギランバレーと闘ってる方、これから闘う方、ギランバレーの方のご家族、ギランバレーの患者さんとともに闘っている医療業界の方向けです。

入院初日

入院初日(1月6日)は検査をしました。

内容は

・神経伝達速度検査

・髄液検査(ルンバール)

です。

 

 

朝ご飯を食べ終わると主治医、担当の先生(レジデント)、研修医の先生が部屋に来て、今日の検査について話してくれました。

 

午前中に髄液検査、午後に神経伝達速度検査をやるとのこと。

 

髄液検査は腰に針を刺して脳脊髄液を取ると言われ、かなりビビりました。

というのも、髄液検査はめちゃくちゃ痛いという噂を聞いていたので、先生に何度も  痛いですか?  とか  どんな針使うんですか?  とか質問しまくりました。

先生からの返答は、そんなに痛くないですよ  と。

絶対嘘だろと思いました(笑)

 

先生たちが帰ったあと、心の準備をしつつ歯を磨いたり顔を洗ったりしていたら、研修医の先生が来て

「検査の順番が変わって、今から神経伝達速度の検査をやります」

と。

 

急だなぁと思いつつ検査室へ。

 

検査の内容は、手足の一ヶ所に電極のパッド?のようなものをつけ、もう一ヶ所に金属を当てて電気を流すというものでした。

 

耐えられないほど痛いわけではありませんが、骨をトンカチで殴られ続けてるような鈍痛がありました。

20分くらい様々な場所に電気を流して終了。

部屋に戻りました。

 

 

ルンバールは午後になったと言われたので、部屋に戻ってから少し寝ようかなと思ったところにまた研修医の先生が来て

「今からルンバールやっちゃいましょう」

と言われました。

 

心の準備が全然できていないところに不意打ちが来て、怯える間も無くルンバールへ。

 

まずは皮膚に麻酔。これはそんなに痛くない。

次に骨に麻酔。これはなかなか痛い…

というか、うまく表現できないのですが、鳥肌が立つような痛み…

 

そして脳脊髄液を採取するための針を刺しました。

この時は麻酔が効いており、痛みは全然ありませんでした。

 

採取している間研修医の先生と色々な話をしました。

 

なぜ医者になったのか、これまでの経歴、今の仕事のこと、働き方のこと、将来のことなどなど

まぁ、とにかく残業が多いと言ってました。

一番多い時で月200時間…

僕の10倍以上残業してますね…

 

自分の時間を犠牲にして僕ら患者のために働く。

頭が下がります。。

 

そんなことを話しているうちに脳脊髄液の採取も終盤へ。

しかし、終盤で麻酔が切れてきました。。

徐々に腰に鈍痛がするようになり、麻酔の追加をお願いしました。

けれどもあと少しで終わるから我慢してと言われ、仕方なく痛みに耐えました。

激痛と言うほどではないので、まぁ耐えられましたけどね。

 

採取した脳脊髄液を見せてもらうと、肌色がかった透明で綺麗でした。

 

 

これにて検査は一通り終了。

午後は昼寝をしたり、ゆっくりして過ごしました。

 

 

そして夕方、主治医の先生から病名を告知されました。

やはりギラン・バレー症候群とのことでした。

また今後の治療についても話し合ったのですが、症状が軽度(手足の感覚障害、顔面の麻痺、味覚障害)なため、投薬もしくは透析による治療はすぐには行わないということで話がまとまりました。

今後の病状の進行次第では治療も検討するが、まずは様子見という結論に至りました。

 

この時点では自分の足で余裕で歩けていたので、主治医の先生も投薬の副作用を考えた場合、このまま自然治癒ができればそれに越したことはないと考えていたようです。

 

 

先生との話し合いは30分ほどで終了。

この後は夕食を食べ、就寝しました。

ただ寝つきはかなり悪かったです。

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

次回は症状の悪化と、投薬について書こうかなと思います。

 

今後ともよろしくお願いします。